Vol.6 高島ちぢみ

Vol.6 高島ちぢみ

湖のある夏

両親は若いころ、京都に住んでいたという。

わたしが生まれる前、まだ渡英する前の話だ。盆地の京都の夏は、恐ろしいほど暑い。熱が山に閉じ込められて逃げ場がなく、夜になっても地面から熱気が上がってくる。その暑さから逃げるように、よく滋賀県まで足を延ばしたらしい。

「夏は高島ちぢみだよね」と、母がぽつりと言ったことがある。

それが何なのか、わたしはその時よくわかっていなかった。でも、言葉の響きには、なんとなく涼しさがあった。高島。ちぢみ。滋賀の夏の記憶が、その音の中に畳まれているような気がした。

 

湖と湖のあいだで

わたしにとって、湖といえばスコットランドだ。

小学生のころ過ごしたあの地では、週末になるたびにロッホへ出かけた。ロッホとはゲール語で湖のことで、スコットランドには、ネス湖やローモンド湖のような、霧に沈む大きな湖が点在している。夏でも空気は冷たく、湖面は鈍く光り、周囲の山は緑と灰色が混ざったような色をしていた。

滋賀県に琵琶湖があると知ったとき、スコットランドのロッホが浮かんだ。大きな湖のある場所は、どこか似た空気を持っている。水が多ければ、夏は涼しい。人は水のそばで、呼吸をするように暮らしてきた。

両親が京都の夏に滋賀へ向かったのも、きっとそういうことだろう。湖のある場所へ、涼しさを求めて。

 

シボという名の風の道

高島ちぢみを手に取ったのは、母の言葉を思い出してから、ずいぶん後のことだ。

布の表面に細かな凹凸がある。シボと呼ばれる、高島ちぢみ特有の織りの工夫だ。手のひらでそっとなぞると、微細な波が伝わってくる。肌に触れる面が少なくなるぶん、風の通りがよくなる。布そのものが、涼しさを作っている。

琵琶湖畔の湿潤な風土の中で、長い時間をかけて育てられた布だとわかった。涼しさを知っている土地が生んだ、涼しさのための布。

スコットランドの湖畔で子ども時代のわたしが感じたもの、そしてこの布が伝えてくるもの、そこにつながりを感じる。

水と風と、そのそばで生きてきた人たちの知恵。高島ちぢみをルークに着けるたびに、そのことを思う。