
保多織との出会い
保多織を最初に知ったのは、百貨店で催されていた、日本の伝統工芸品展のようなものだったと思う。
保多織りは、そこに並んでいた。
香川県の伝統的工芸品。1689年から続く、格式ある織物。
売り場には、和小物が素敵に並びつつも、お洋服や手織りの作品となれば、すこし遠くから、ただただ眺めるだけの世界だったと言える。
だから、祖母の帽子には、よい驚きしかなかった。
”豪華な薔薇が咲き誇る庭の中に、祖母がいた。小さな後ろ姿。頭に赤い帽子をかぶっていた。薔薇の赤と、帽子の赤。祖母はそのどちらにも溶け込んでいて、なんとも絵のような後ろ姿だった。『いい帽子ね』と声をかけた。『保多織のよ』と祖母は言った。— 布の記憶 Vol.12 保多織”
祖母のお気に入りの帽子が、まさに、その保多織で、かわいい薔薇のお庭という現代の風景の中にあったこと、
そして、想像を超えて、愛らしさいっぱいに暮らしの中に溶け込んでいたのを見て、
一気に好きな織物になった。
そして、伝統的工芸品の保多織という、わたしにとって雲の上の布ではあったが、ルークとレイアに着けてあげる日も遠くはないかもと、期待に心が躍ったものである。
それでも足は重かった。
心は踊っていたはずなのだが、やはり、織物を買いに向かう足はすこし、重かった。
それは、保多織に限らず、伝統ある布をペットのために使うとき、越えなければならないなにかがある、と知っていたから。
たとえば、伝統ある織物にハサミを入れることへの畏れ。これは、エルエルポウズをしながら常に抱いていることだと思う。畏敬か尊敬か、遠慮か、なんといえばいいのだろう。
もうひとつは、格式ある織物を、猫や犬のために仕立てることへの、世間の目。
それは、代々受け継いだ着物をアップサイクルするとき「大切な着物にハサミを入れるなんて」と言われたりすることとか。正絹など高価な着物地などを、ペット用品に使うことへ、違和感を持つ人がいることも知っている。なかなか難しい問いに、戸惑うこともある。
そして何より、わたし自身のこと。日本人とは言え、人生のほとんどを海外で過ごし、最近日本に帰国してきて、それほど時間も経っていないと言えるかもしれない。
日本の伝統工芸の世界から見れば、きっと、よそ者みたいにうつるだろう。
しかも、作ろうとしているのが、犬や猫のバンダナなどというもの、そんなにポピュラーでもないから、ご存じない人が多くても全く不思議ではない。
こんなにグダグダ言ってておかしいが、まとめると、こうなる。
突拍子もない話を持ち込んで、織元を驚かせてしまうことだけは、避けたかった。
尊い日本の伝統の世界に、真摯に向き合おうと思えば思うほど、ドキドキが増すのである。
写真を持って行った
それで、最初の訪問の際には、写真を見せた。
猫のルークが、播州織の冒険バンダナを着けている写真。
『保多織で、こういうものを作ろうと考えています』と。
訪ねたのは、400年続いてきた布の、今日唯一の織元。もし、断られたら、保多織のペット用品製作は完全にあきらめないといけない。
少し話したあと、店主は静かに『どうぞ。』と言ってくださった。
そういうはじまりの後、保多織の生地がきたわけである。
それから保多織で、バンダナを作り、蝶ネクタイを作り、リボンを作った。コートも、マットも作った。
そして、1年以上かけて、ルークとレイアに着けたり、マットやコートも使ってもらいながら、商品化すべきかどうか様子を見た。
この布には、400年の時間が宿っているから、慌てないようにした。
販売に向けて
何回目かの訪問があって、いよいよ、販売に向けてお店へ伺った。
そして、猫のルークが、保多織の冒険バンダナを着けている写真など、
『こういうものになりました』と見せた。
店主は『いいですね』と言ってくださった。
さいしょの『どうぞ』も忘れられないけれども、
その『いいですね』も染みる。
400年続いてきた布を守る方に、ペットのためにその布を使うことを、認めていただいた。
いいものを作ります。そういう約束になったと思う。
ちょっとした裏話
後から、祖母の話や店主の話がつながっていって、知ることになったこと。
祖母と店主は同級生らしい。
さきに知っていたら、今書いているような流れだったのかな、どうだろう。
布の記憶
さいしょ遠くから眺めていた布が、祖母の帽子になり、店主の言葉になり、そしてルークとレイアのバンダナとなり、エルエルポウズの顔になっている。
エルエルポウズは、保多織でペット用品を作る先駆者になろう。
日本の伝統を大好きな犬や猫と親しみ楽しむ。
すごいことであるし、とても愛らしい試みだと思う。